このツアーのあり方について
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■一人ひとりが主役に
このツアーには、引率者もリーダーもいません。誰かが命令したり、指示に従うことを強制されることもありません。すべては参加者一人ひとりが自由に、そしてそれぞれの自覚に基づいて行動できることがこのツアーの醍醐味です。
説明会でもお話したとおり、団体旅行ではなく、自立した個人がともに創り上げていく「協同旅行」だと考えていただけるといいと思います。
 ですからこのツアーには皆さん一人ひとりが「一人」の個人として参加してほしい、と願っています。それは友達と連れ立って参加してほしくない、ということでは決してありません。友達と参加しても、一人ひとりがそれぞれのアジアを皮膚感覚で味わい、感じ取り、感じたものを他の参加者と共有していく〜そんなプロセスを大切にしたい、ということなのです。

個人を大切にするということは?
 しかし「個人の考えを大切にする」ということは、決してそれぞれが勝手な言動を取ってよい、ということと同じ意味ではありません。大切なのは「他の人に対する思いやり」ではないでしょうか?それこそが一人ひとりの考え方や感じ方を尊重する際にもっとも重要なことではないかと思っています。
   今回も友達と参加している人や、一人で参加している人など、色々なスタイルで参加している人がいます。そのなかには障害を持った人もいます。
 友達と複数で参加している人は、どうしてもそういった友達と固まって行動することが多くなると思います。しかしツアー参加者の中でそういった小集団が固まって、常に同じ行動をとってしまうことは、せっかく様々な人たちがともに旅することの楽しさや、自分自身の考えを他者に伝えることの心地よい緊張感と、同じ体験をしているんだ!という連帯感・共生感を得られないまま、たんなる友達同士の旅行に終始してしまう可能性があります。もちろんそれが悪いといっているわけではありません。
 問題なのは、そういった小グループの言動が全体に与える影響や、たった一人で参加している人はどのように感じるのか、ということを常に忘れないでほしい、ということなのです。決して友達と一緒に行動するな、といっているのではありません。その中にもぜひ、「一人で参加している人がいるんだ」ということを忘れないでいてほしい、と願っています。

 また様々な人が参加しているからこそ、普段日本で生活している自分がまとっている殻を脱ぎ捨て、ありのままの自分をさらけ出し、そして見たもの、感じたものに対して素直に他者と共有できるのではないかと思っています。そんなこのツアーならではの楽しみを、より多くの人に体験してほしい、だからこそ、「一人で参加する団体旅行」だということを強調してお伝えしているのです。

   友達と一緒に歩いていても、見て、感じる主体は個人であるはずです。
 あなた自身が感じたアジアをぜひ多くの人と交換し、共有してほしい、集団の中のあなたではなく、あなたにしかできない感じ方をみつけてほしい、それこそがこのツアーの最大にして唯一の目的なのです。

■主体的で自立的な行動を!
 
 上記のような考え方を実現するためにもっとも不可欠なこと、それはなんといっても「自立的」で「自律的」であることです。なにしろ誰もなにも指示しないのですから、すべての言動は一人ひとりが決めて、責任を取らなくてはなりません。こういうとなんだかとても厳しいことのように思えますが、そんなことはありません。ただひとつだけ忘れないでほしいのは、周りに対する思いやりだけです。ここでいう「周り」とは、参加者のみならず、ベトナムやカンボジアで私たちのことを歓迎し、楽しんでもらえるように様々な準備や努力をしてくれている現地の協力者の人たちのことも含めてだということです。
 
多くの人とともにアジアを旅することを楽しみと感じ、自分の殻を脱ぎ捨て、そしてありのままの自分を多くの人にぶつけてみる、それがこのツアーの理念である「エクスポージャ」ということなのです。皆さんにお願いしたいことはそんなに難しいことでも、たくさんの注文もありません。どうか周囲や思いやりをもって、自立的にツアーを楽しんでほしい、それだけです。
 どうかこれらのことを考慮いただき、全員で他に類のないくらい素晴らしいツアーを実現してみたいと願っています。